谷崎潤一郎の名文、『陰影礼賛』にインスパイアされて建てられた、光の館にヨガのリトリートで宿泊してきました。
この建物は光のアーティスト、ジェームズ・タレルの作品です。
大学で知覚心理学を学んだジェームズ・タレルは、光を知覚する人間の作用を活かした作品を数多く作っているそうです。
建物の屋根のてっぺんには可動式の天窓が配置され、開け放すと大きな空が現れるという仕掛けになっています。
畳に寝っ転がって千切れ雲を眺めていると、空のショーがスタート。
空の色が濃い!
移り変わる空の色に対して補色になる照明光を周囲の壁に照射し、眺める人の目に知覚される空の色をデザインする仕組みのようです。
絵の具を流したような完璧なアクアマリン色から徐々に色濃くなり、瑠璃色、インディゴ、ミッドナイトブルーへ。
写真に撮ると、色紙を重ねたようにしか見えませんが、空には着色できませんからね。これも光の成せる技です。
目の焦点を合わせずにぼんやりと眺めていると、空が凸のように立体的に張り出して見えます。
ずっと見ていると、空が落ちてきそうに見えました。
光のショーが終わり、夜の帳が下りた頃には天窓に北斗七星がキラキラ。
この光の館は、かつての日本家屋に存在したほのぐらい陰影を楽しめるようにデザインされています。
光があれば陰がある、それが当たり前のことなのに、街には夜中でも煌々と灯かりがつき、陰が隅へ隅へと追いやられていっているのが現代の生活ですよね。
そこから一転暗闇の世界へ。
周囲は山の中なので民家も街灯もなく、とっぷりと日が暮れると真っ暗です。
しかも係の方は夕方には帰ってしまうので、建物の中には宿泊者だけ。
照明は全て必要最小限の間接光。美術館に使われているハロゲンランプが効果的に配置されていました。
電気のスイッチは極力隠され、窓は障子です。満月だったので障子に月明かりが薄っすらと反射していました。
谷崎潤一郎の陰影礼賛にも、障子越しに差し込む穏やかな光のことが書かれていましたね。
蛍光灯に慣れた目には最初は暗すぎるように思いましたが、だんだん目が慣れてくるとこの方がむしろ快適。気持ちが落ち着きます。
暗いと必然的に本も読まないし、もちろんテレビもないので、目や頭脳もリラックス。宿泊者同士の会話も弾むのではないでしょうか。
陰影の極みはお風呂!
真っ暗な中に、お風呂の縁やドアの周りに緑や紫の細い蛍光の光が薄っすらと光っているだけです。
浴槽に浸かると水中の体が青白く幻想的に発光するんです。(でも、決してエロくはないですよ。アートですから)
一緒にお風呂に入ったお友達の顔は誰そ彼時のようにぼんやりとしています。
周りが暗いからこそ心の距離は近くなる、そんな感じの入浴でした。
付き合い始めのカップルや、会話の少なくなった夫婦にはお勧めのお風呂です。
(お風呂の写真は光の館のホームページに載っています。)
夕餉は建物をぐるりと取り囲むバルコニーにお膳を出して月見の会になりました。
BGMは生まれたての蛙の合唱です。
向かいの山から上がってくる満月は大きな真ん丸いオレンジ色でした。
雲に入って見えなくなると落胆の声が、雲からまた月が出てくると歓声が上がり、ヨギーばかりでお酒も飲まないのに、気持ちの良い歌声まで聞かれました。
これも陰影が心の緊張をほぐしてくれたからでしょうね。
暗いと眠くなるのも早いのか、10時頃にはみんなお布団に入り熟睡モードです。
就寝時にはまだ天窓は開いていたので、星空を眺めながら夢の世界へ。
外気が頬に心地よく、野宿をしているようでした。
何と明け方3時25分に再び光のショーがスタート。
今度はミッドナイトブルーから徐々に明るくなっていく空を眺めることができます。
早く目が覚めた私は、蛙の合唱から一番鳥への引継ぎの瞬間に立ち会うことができました。
まるでそれが約束事のように、蛙がピタっと鳴きやむんですよ!
バルコニーに出て、プラーナの満ちた夜明け前の空気を独り占めしながらの朝練。
呼吸法や体をほぐすマイクロヨガをしながら朝日を待ちます。
日の出は4時41分。
二番鳥、三番鳥の声が重なり、四番鳥、五番鳥と、日の出の頃には賑やかなコーラスになっていました。
上がり行く太陽を眺めながらの太陽礼拝のポーズ。
いつもよりゆっくりと丁寧に、お日様への感謝を込めて行いました。
光と陰影の一夜がプレゼントしてくれた素敵な朝でした。
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