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2009年5月25日 (月)

アンマの抱擁

今日、抱きしめる聖者アンマのダルシャン(抱擁)を受けてきました。

アンマはインドの女性の聖者で、抱擁を通じて純粋な愛を伝えてくださいます。

集まった寄付は貧しい人や苦しむ人を助ける慈善活動に使われています。

過去37年間で何と2800万人以上の人々を抱擁してきたそうです。

席も立たずノンストップで来た人全員をハグするので、大変なご負担だと思います。

今日、アンマの大きな胸にすっぽり包まれたとき、始めも終わりもない宇宙の空間に浮いているような感じがしました。

アンマが耳元で囁いてくれたマントラ(一人ひとり違うらしい)は軽快なリズムの音楽のよう。

マントラの言葉を覚えておこうと思ったのに、抱擁が終わったらすっかり忘れてしまいました。

*2012年追記。抱擁のとき耳元で囁かれるのはマントラではありませんでした。 アンマが普段お使いになっているマラヤラム語で「私の娘よ」、「私の息子よ」 という意味の言葉とのことです。 また、「どうしますか?」「どうしますか?」と聞こえることがありますが、日本語を話されているわけではないです。 マントラは最終日の夜の部で希望すればアンマから直接いただくことができます。

でも音のエネルギーは耳が覚えているはずです。

抱擁が終わると、パーっと光り輝く笑顔をくださり、手の平にキャンディーを握らせてくれました。

無条件の愛を子供に注ぐお母さんのような微笑み。

自分の順番が来るまで3時間かかりましたが、来てよかった。とそのとき思いました。

終わってからお傍で他の人たちが抱擁されるのを拝見しましたが、アンマの前ではどんなおじさんも誰もが無垢な子供に戻ります。

事前に色んな人の体験を聞くと、アンマに会ったらきっと私は泣いてしまうだろうとか、超ハイな気分になるのでは?と予想していましたが、意外に落ち着いていました。

抱擁の直後からニュートラルな感覚、心地よい凪の状態がずっと続いています。

その感覚が薄れても、アンマの母性そのものの笑顔は、映画のシーンを切り取ったみたいに私の心に刻まれると思います。

東京で明日、5月26日(火)までです。

詳しくはこちら:

http://amma-rainichi.org/

午前の部 開場  9:00 開演 10:00~(予定)
午後の部 開場 17:30 開演 18:30~(予定)
<特別プログラム>
世界平和を祈るセレモニー(18:30~20:00)
*開場時間から整理券が配られます。

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2009年5月21日 (木)

恐れとの付き合い方

恐れはウィルスよりも速く伝播するようです。

先日電車に乗った後に、あ、マスク持ってきてたんだったとおもむろに装着したところ、目の前に座っていた人、その隣の人、また隣の人と、車両中をさざ波のように緊張が走りました。

午後の空いている時間だったのでたまたまマスクをしている人が少なかったせいもあります。

私の中の、かすかなインフルエンザへの恐れが、周囲の人の目の前でマスクをするという行動を通じて視覚的に表出し、周りにうつってしまったようです。

うつった人の中でその恐れは増幅され、どんどん大きくなっていくことも考えられます。

デリカシーのない行動だったなと反省しました。

恐れとは一体何でしょう。

恐怖を感じたら、それがどこから来ているのか、ちょっと立ち止まって考えてみてもいいかもしれません。

何を怖れているのか紙に書き出してみると客観的に見ることができるでしょう。

起こってもいないことを理由なく恐れている場合は、その事実に気づくだけで恐れの大きさが半分くらいに萎みます。

そのうち、自分が何を恐れる傾向があるのかが見えてくるはずです。

そうなるとボワンと広がっていた得体のしれない恐れが、ハンディーサイズに扱いやすくなっていきます。

確かな理由があって恐れている場合は、今できる最大限のことをやり、不測の事態に備えることも大事ですよね。

恐れと直感から来る警告は明確に区別しないといけないと思います。

恐れを和らげるのに役立つのは、イメージを使うことです。

恐れと対極の好ましいイメージで、恐れを置換してしまうのです。

どんなイメージでもOKだと思います。

守護と安心を連想させるイメージ。

愛を連想させるイメージ。

例えばお子さんやペットなどのイメージを選ぶ場合は、守らなければいけない対象としてイメージすると緊張を呼ぶので、一緒に遊んでいるときの和やかな雰囲気などリラックスできるイメージを思い出すと良いと思います。

私は恐怖にかられたとき大天使ミカエルのイメージを心に描きます。

ミカエルは背の高いパワフルな男性の天使で、光の剣で恐れの感情をカットしてくれるそうです。

以前、近所で大変な状況の目撃者になってしまいましたが、その目撃した瞬間の恐怖を追体験しそうになるときはミカエルのイメージを思い浮かべました。

おかげでトラウマにもならず、割とすぐにその体験をリリースすることができました。

後は瞑想することです。

瞑想では恐れなどの感情をいろいろ分類したり、枝葉をちまちまカットするのではなく、根絶やしする効果があるようです。

瞑想については私も体験を積み重ねている最中なので、あまり詳しくは書けませんが・・・

また、ヨガニードラというヨガの究極のリラックス法も役立ちそうです。

先日のリトリートで体験してきたので、また改めて書きますね。

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Bernardino Zenale - Saint Michael the Archangel, c.1490. Florence, Galleria degli Uffizi

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2009年5月13日 (水)

この車両の中で一番

この車両の中で一番笑顔でいよう

「毎朝こう思って満員電車に乗るんです。」

と、美容師のお兄さんが言ってました。

ちょっと感動。

素直にそう思える心に。てらいもなく人に言えるピュアな人柄に。

この人に髪を切ってもらっててよかったなぁ。

朝の電車はみんな眠そうな不機嫌顔。

私も電車の中では寝てるか、素の顔です。

フラの先生からは、「素の表情が怖いよ。もっと笑顔で踊りなさい」と注意されるので、きっと電車の中でも渋い顔をしているんでしょう。

「どの程度の笑顔をしてるの?」と美容師さんに聞くと、

「変な人に思われないくらいの穏やかな笑顔。皇室スマイルかな?」

笑顔でいると人とぶつかっても、「あっすみません。ニコっ (相手もニコっ)」となるし、トラブルに巻き込まれることもなくなったそうです。

一日を気分良くスタートすると、お店でもお客さんに良い状態で接することができるんですって。

この方はいつも落ち着いた物腰で、忙しさを感じさせない人です。

こちらの話も楽しそうに聞いてくれるので、また来たいなと思わせる。

さりげない気配りとか、会話の中での間とかが心地よくてリラックスできる。

その秘密は朝の電車の中での習慣にあったのですね。

仏教の無財の七施の中に、眼施、和顔施というのがあります。

穏やかな眼差しと表情でいることが、他者への贈り物となるということです。

人にあげることができるのはお金や物だけじゃないんですね。

奉仕というと大仰に考えがちですが、眼施、和顔施は思い立ったらその場ですぐできます。

周りに人がいなくても穏やかな表情でいれば、自分自身への贈り物になります。

素の顔には心模様が映し出されるようですから、もっと磨かなきゃ。

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2009年5月11日 (月)

House of Light - 光の館

谷崎潤一郎の名文、『陰影礼賛』にインスパイアされて建てられた、光の館にヨガのリトリートで宿泊してきました。

この建物は光のアーティスト、ジェームズ・タレルの作品です。

大学で知覚心理学を学んだジェームズ・タレルは、光を知覚する人間の作用を活かした作品を数多く作っているそうです。

建物の屋根のてっぺんには可動式の天窓が配置され、開け放すと大きな空が現れるという仕掛けになっています。

畳に寝っ転がって千切れ雲を眺めていると、空のショーがスタート。

空の色が濃い!

移り変わる空の色に対して補色になる照明光を周囲の壁に照射し、眺める人の目に知覚される空の色をデザインする仕組みのようです。

絵の具を流したような完璧なアクアマリン色から徐々に色濃くなり、瑠璃色、インディゴ、ミッドナイトブルーへ。

写真に撮ると、色紙を重ねたようにしか見えませんが、空には着色できませんからね。これも光の成せる技です。

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目の焦点を合わせずにぼんやりと眺めていると、空が凸のように立体的に張り出して見えます。

ずっと見ていると、空が落ちてきそうに見えました。

光のショーが終わり、夜の帳が下りた頃には天窓に北斗七星がキラキラ。

この光の館は、かつての日本家屋に存在したほのぐらい陰影を楽しめるようにデザインされています。

光があれば陰がある、それが当たり前のことなのに、街には夜中でも煌々と灯かりがつき、陰が隅へ隅へと追いやられていっているのが現代の生活ですよね。

そこから一転暗闇の世界へ。

周囲は山の中なので民家も街灯もなく、とっぷりと日が暮れると真っ暗です。

しかも係の方は夕方には帰ってしまうので、建物の中には宿泊者だけ。

照明は全て必要最小限の間接光。美術館に使われているハロゲンランプが効果的に配置されていました。

電気のスイッチは極力隠され、窓は障子です。満月だったので障子に月明かりが薄っすらと反射していました。

140 谷崎潤一郎の陰影礼賛にも、障子越しに差し込む穏やかな光のことが書かれていましたね。

蛍光灯に慣れた目には最初は暗すぎるように思いましたが、だんだん目が慣れてくるとこの方がむしろ快適。気持ちが落ち着きます。

暗いと必然的に本も読まないし、もちろんテレビもないので、目や頭脳もリラックス。宿泊者同士の会話も弾むのではないでしょうか。

陰影の極みはお風呂

真っ暗な中に、お風呂の縁やドアの周りに緑や紫の細い蛍光の光が薄っすらと光っているだけです。

浴槽に浸かると水中の体が青白く幻想的に発光するんです。(でも、決してエロくはないですよ。アートですから)

一緒にお風呂に入ったお友達の顔は誰そ彼時のようにぼんやりとしています。

周りが暗いからこそ心の距離は近くなる、そんな感じの入浴でした。

付き合い始めのカップルや、会話の少なくなった夫婦にはお勧めのお風呂です。

(お風呂の写真は光の館のホームページに載っています。)

夕餉は建物をぐるりと取り囲むバルコニーにお膳を出して月見の会になりました。

BGMは生まれたての蛙の合唱です。

向かいの山から上がってくる満月は大きな真ん丸いオレンジ色でした。

雲に入って見えなくなると落胆の声が、雲からまた月が出てくると歓声が上がり、ヨギーばかりでお酒も飲まないのに、気持ちの良い歌声まで聞かれました。

これも陰影が心の緊張をほぐしてくれたからでしょうね。

暗いと眠くなるのも早いのか、10時頃にはみんなお布団に入り熟睡モードです。

就寝時にはまだ天窓は開いていたので、星空を眺めながら夢の世界へ。

外気が頬に心地よく、野宿をしているようでした。

Ca370828 何と明け方3時25分に再び光のショーがスタート。

今度はミッドナイトブルーから徐々に明るくなっていく空を眺めることができます。

早く目が覚めた私は、蛙の合唱から一番鳥への引継ぎの瞬間に立ち会うことができました。

まるでそれが約束事のように、蛙がピタっと鳴きやむんですよ!

バルコニーに出て、プラーナの満ちた夜明け前の空気を独り占めしながらの朝練。

呼吸法や体をほぐすマイクロヨガをしながら朝日を待ちます。

日の出は4時41分。

二番鳥、三番鳥の声が重なり、四番鳥、五番鳥と、日の出の頃には賑やかなコーラスになっていました。Ca370827

上がり行く太陽を眺めながらの太陽礼拝のポーズ

いつもよりゆっくりと丁寧に、お日様への感謝を込めて行いました。

光と陰影の一夜がプレゼントしてくれた素敵な朝でした。

Tokamachiasa

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2009年5月 6日 (水)

沼津の夕陽

沼津の展望水門びゅうおから眺めた夕陽です。

Ca370791

お昼に市場でお寿司を食べた後に水門を訪れたのですが、夕陽が美しい場所と知り、日没まで地ビールのお店 (Baird Beer) で時間をつぶすことに。

水門はチケットにスタンプを押してもらえば再入場可なんです。

今は時期的に駿河湾の向こうの山に太陽が沈みます。

冬至の頃は海面に沈むので特に美しいとのこと。

冬場は空気も綺麗ですしね。

Ca370793 展望台はガラス張り。海上に浮いているみたいです。

この日はお天気でしたが、ガスのせいかちょっと霞んでいました。

刻々と移り変わる空の色もまろやかに見えます。

山に近づくまでは割とゆっくり落ちてきた太陽でしたが、山に差し掛かった途端、加速度的に吸い込まれていきました。

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そうはいっても太陽は一定の速度で動いているはず。

山という対比するものがあるから、速く落ちるように見えたんですね。

あぁ、このスピードは地球の自転の速度と同じなんだと気づきました。

地球って意外に速く回転しているんですね。

普段気がついたら夜になっているので、たまには夕陽をじっくり眺めたいものです。

Ca370788 地ビールはコーヒーのフレーバーが付いているものとか、ローズっぽい香りのするアンバーエールなどをいただきました。

あまり飲めないので、もちろんお試しサイズで。

Ca370789

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