Unconditional Love
Unconditinal Love (無条件の愛) と聞いて思い出すのは、バチカンの聖ピエトロ大聖堂にあるピエタです。
聖母マリアがキリストの亡骸をやさしく抱きかかえている姿。
その人の信念をどこまでも信じ、どんな見返りも求めずに愛を注ぐ。
愛し返されることも求めずに、その人の行く末をそっと見守る。
なかなかできるものではありませんよね。
恋愛は愛し返されないと終わってしまうでしょ。
夫婦の愛は同士愛に近いし。
親子の愛には存在するのかな。
私は親になったことがないので、愛を受け取る方が多かったかもしれません。
唯一、私が無条件の愛(に近いもの?)を注いだ人といえば、かつて勉強を教えていたある男の子です。
野球が上手くて、元気いっぱいの子でした。
最初に会ったときお勉強は今一つで、どうやって教えたらいいか頭を抱えたことを覚えています。
でも地頭はすごくいい子で、机に座って勉強する癖が付いたらグングン伸びました。
私の方の事情で、あるとき教えるのをやめなければなりませんでした。
もう手を離す時期が来ていると直感的に感じたのも理由の一つです。
子離れのような辛さを、遠くから見守ることで慰めました。
その後志望校に合格した彼は、小さい頃からの夢だった晴れ舞台にも立つことができました。
「夢は叶うんだ」と全身で主張しながら行進する彼をテレビで見たとき、マリア様の気持ちに一歩近づいたような気がしました。
私たちは創造主と同じエレメントでできているから、創造主の愛、マリア様の愛も私たちの中に眠っているはずです。
エゴや損得勘定のヴェールに邪魔されて、無条件の愛を表に出すことができないだけなのでしょう。
本当は全てのものに無条件の愛を注ぐのが理想ですが、それは聖人の域ですから。。
普通は愛を注ぐ対象がいて初めて、無条件の愛がその対象に向かって流れていくということになるでしょう。
私の中で眠っていた愛を引き出すきっかけを与えてくれた、あの男の子に感謝の気持ちで一杯です。
Unconditional Love について書いていましたが、むしろ「負うた子に教えられ」の世界ですね。
もう私のこと忘れてるかなと思ったら、大舞台の前日に報告のメールをくれ感激でした。
メールの返事に、以前一緒に聴いたQueen の We are the Championsを聴きながら応援してるよと書いたら、そのことも覚えていたみたいでうれしかった。
これからもずっと見守っていくつもりです。










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