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2006年11月10日 (金)

ヌチドゥタカラ (命ドゥ宝)

「ヌチドゥタカラ (命は宝)」

Asahi0611 NHK朝ドラマの『ちゅらさん』のおばぁが、不治の病で天国に召されたカズヤくんの死を嘆く主人公たちに言った言葉だ。

「カズヤくんは"ヌチドゥタカラ"をみんなに教えるために神様に選ばれたんだね。」と。

イジメを苦にした子供たちの自殺が続いてる。

文部科学省にはイジメを受けている子供から自殺予告の手紙が2通届いた。

全国各地にいる、コップの水が溢れる寸前の子たちがよくない方向に気を緩めてしまわないか心配だ。

追い詰められた子たちに、ちゅらさんのおばぁの言葉を聞かせたいな。

(漫画の『イキガミ』もいいかもしれないけど、ちょとヘビィかもしれない。)

最近は、うちに帰っても学校の人間関係が追いかけてくる。

携帯メール/電話。掲示板に悪口を書かれたりっていうこともありえる。

こんな時代に学童、生徒をやるのは大変だろうな~と複雑な気持ちになる。

私が子供の頃は、学校でいやなことがあっても、家に帰れば守られた空間でホっと一息をつくことができた。

学校や部活がどうしてもいやだったら、無理に続けなくてもいいと思う。

あなたが生きて、宝を磨く場所はたった1つじゃない。

第2、第3の道だってある。

(特殊な例だけど) イジメが原因で小学校高学年から学校に行くのを止めて、大検取って四年制大学を卒業し、今はアーチストをしている子を知っている。

周りの大人たち(先生、親御さんに限らない)は、子供たちの Help! を受け止め、 しかるべき専門家に相談しつつ、子供たちにたくさんのオプションを提示してほしい。

あなたが生きることが、地球の宝です。

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コメント

最近、イジメのニュースで子供の頃の自分を
思い出し、とっても嫌な気分になります。
やっぱりあの時死にたくて死にたくて仕方なかった。
私の場合は生徒全員が敵だったわけではなかったので、なんとか救われていたのかもしれません。
今、消えてなくなってしまっても悔いはないけど、10代で命を絶ってしまうのはもったいない。今ならそう感じるんだけど、当時は分らないものなー
せめて自分の子供がイジメに合わないでいてくれるのを願いたい。。。

投稿: ayaya | 2006年11月12日 (日) 02時12分

自分の子がいじめられてるのか、いじめているのか、どこの家庭でもそういう会話が増えてるだろうね。
私もカテキョウの生徒に聞いたよ。「あんたのクラスにイジメある?」って。「ないよ!」って明るく断言してたけど、陽のあたる道をスクスクと歩んでる彼には見えないものがあるような気がしてちょっと不安になった。

私も幼稚園のとき、近所のいじめっ子にいじめられてたみたい。超マイペースで浮いてたようなのよね・・・あんまり記憶に残ってないのは、母が私の盾になって、いろいろ守ってくれたからのよう。
小学校に上がるとき、いじめっ子たちとは別のクラスで、仲の良い子と一緒になるように、幼稚園の校長先生に掛け合ってくれたらしいの。今はそんなことできなそうだよね。
おかげでその後は平和でした。

その後、父の転勤で小学校を2回変わったけど、当時は担任の先生たちもクラスの子たちも暖かかった。先生たちは私の得意なことをやらせて(お歌の伴奏とか)早くクラスに馴染むように導いてくれたし、新し物好きな子は率先して近づいてきてくれたし。
今の子たちは、転校するなんて恐怖だろうな。。

結局、子供たちの社会は大人の社会の縮図なのかしら。
大人が他人へのやさしさを失ってるのが原因だとしたら、私たちにもできることがあるよね。

投稿: Fiona | 2006年11月12日 (日) 04時39分

第2.第3の道もあるんだよって、本当に伝えたいですね。どうしたら伝わるんだろう。
ayayaの言うように、当時も今も10代にとっては学校関係が生活の全てだよね。追い詰められちゃうよね。

それと、周りのコがいじめたりハブにするからと、それに同調するような雰囲気が、昔から嫌いでした。みんなはみんな、自分は自分なの、理由もなく同調しないんだよ、って誰も教えないのかな・・。このあたり、オトナから変わる必要ありそうですね。

勇気を出して、「私はそのコ嫌いじゃないから話すよ」って宣言すると、後で自分がハブにされたとき、そのコが味方してくれた経験があります。クラス全体からハブにされたわけじゃないからかもしれないけど。。

投稿: ゆきぱく | 2006年11月14日 (火) 12時51分

「死ぬな」だけじゃなくて、どうしたら生きられるか一緒に考えてあげないといけないね。
まず最悪の状態から抜け出すのが先決だから、傷ついた子たちの受け皿をシステム的に整備するのも大切だと思う。
例えば転校しやすくするとか、フリースクールの充実とか。
ハブって言葉久しぶりに聞いたよ。小学校の高学年の頃、仲良しグループ内で順番にハブにし合うっていうのが続いてた。
そのとき、ゆきぱくちゃんとお友達のようにハブ被害者だったのに傍観者に陥らなかった、強く優しく子がいたなぁ。その子は確か今、看護婦さんになってるよ。

投稿: Fiona | 2006年11月15日 (水) 08時38分

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