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2006年4月23日 (日)

聖橋の丸い輪

高校生のとき、鳩居堂で買った「聖橋」という名前の一筆箋を使っていた。

和紙のようなゴツゴツした手触りで、白一色。

今よりも渋好みだった私の、背伸びしたい気持ちをソワソワと刺激した。

大学入学とともに上京してきて、御茶ノ水にその橋があることを知った。

Hijiribashiあの便箋のように、シンプルで、モダン。

橋のアーチが神田川の水に映ると、が形成される。

円の合間を丸の内線と中央線が交差するように走る瞬間を、橋の欄干に寄りかかって写真に収めた。

東京都によると聖橋は、

北側にある国指定の史跡で江戸幕府の官学所「湯島聖堂「と、南側にある国指定の重要文化財でビザンチン風の建物「日本ハリストス正教会復活大聖堂」(通称ニコライ堂)の両聖堂

に由来するらしい。

ネイティブアメリカンは円環の思想を持っている。

彼らは、「十字架は分断するが円は全てをつなぐ。」と言う。

中沢新一さんの『アースダイバー』には縄文人も円の思想を持っていたと書いてある。

もしかしたらネイティブアメリカンはアリューシャン列島を渡って行った縄文人なのかな?

そんなことにツラツラと思いを馳せた。

親友が聖橋の思い出を語ってくれた。

携帯もポケベルも留守電もない時代。

友人と「聖橋の真ん中で、何時何分に待ち合わせよう。」と約束したと。

今から考えると、本当にのどかな待ち合わせ方法。

どちらかが遅れたり、行けなくなっても、連絡するすべがない。

会えないかもしれない。会えたらうれしい。

の上で。

待ち人が近づいてくるのを見るのはどんなに幸せなことか。

私とあなたはつながっている。

多分、太古の昔から、円という生命の輪の中で・・・

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コメント

聖橋の姿は確かにモダンだと思っていましたが、水面に移ると円ができるなんて考えても
みませんでした。
新しい発見ですっ
丸の内線がここを通って東京ドームシティ
の中を走り抜ける瞬間が昔大好きでした。
丸の内線が一つのアトラクションの
乗り物の様なんです。
この近辺は夕方あたりがステキな
ロケーションですよね。
Fionaさん、色んな知識をありがと♪

投稿: ayaya | 2006年4月24日 (月) 01時53分

私も、想像したことなかったです。新鮮で美しい写真ですね☆

丸の内線って、このあたりで地上と地下を行ったりきたりするよね。その間、光が隅々まで行き渡るような、じんわり温かい気持ちになります。「光を 知らない 影などないから~♪」って歌っちゃいそう。

投稿: ゆきぱく | 2006年4月24日 (月) 12時55分

いい話ですね。この人生、大変なんだ。そうではあるけれど、上を向いて・・・いきたいじゃないか、と聖橋で恋人と待ち合わせたことがある。19歳の夏。
今では、滅多に御茶ノ水に行くことはないけど、この橋をわたって神田明神下のいきつけの歯科医院に通っていたことがありました。歯の手入れをする時だけ渡る聖橋。

投稿: kiitos | 2006年4月24日 (月) 15時57分

ayayaちゃん、丸の内線と東京ドームシティの組み合わせ面白いね!ayayaちゃんが前に撮った遊園地みたいなところの夜景の写真は東京ドームシティかな?

ゆきぱくちゃん、その歌詞は、ドラマ、『輪舞曲』の主題歌だったのね。聴いてみたくなりました。
そういえば丸の内線には私も思い出が。新入社員のとき、荻窪から国会議事堂まで乗ってたの。四谷で地上に上がる瞬間が好きだった。

kiitosさん、何て素敵な思い出!19歳の夏は誰にとっても思い出深いものなんでしょう。
その恋の行く末、今度聞かせてください。

投稿: Fiona | 2006年4月25日 (火) 01時11分

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